東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

旅行記「エーゲ海の旅(ギリシャ)」

02. サントリーニ島の中心フィラ

サントリーニ島の中心フィラの街

サントリーニ島のホテルに到着したのは昨夜遅く、日付が変わろうかという時刻だった。が、今朝は早朝から教会の鐘の音に起こされてしまった。おかげで、ホテルのプールの周囲を散策。プールから上がってきた初老の男性が何一つ身にまとっていなかったことに驚いて、すっきりと目が覚めてしまった。

サントリーニ島(ギリシャ)の中心地フィラの街の風景

ホテルのレストランで朝食を済ませ、部屋でひと休み。さて、そろそろサントリーニ島の観光に出発するか。ホテルのフロントに頼んで呼んでもらったタクシーに乗り込み、5分ほどで到着したのはフィラの街。サントリーニ島の中心となる街なんだけど、その通りの様子が上の画像なんだ。

フィラの街から眺めたカルデラの海

そんなフィラの街からの眺めが下の画像。サントリーニ島とその他の4つの島(その5島がサントリーニ諸島と呼ばれる)が取り囲む海なんだけど、この海がサントリーニ・カルデラと呼ばれている。

サントリーニ島(ギリシャ)の中心地フィラから眺めたカルデラの海

かつての島(諸島)は大きな一つの島だった。ところが紀元前1500年頃にサントリーニ島の火山が大爆発を起こした。その噴火に生じた噴火口がこのカルデラの海なんだそうな。クレタ島にクノッソス宮殿を築いた文明に衰退をもたらしたのも、このサントリーニ島の火山の噴火だったとの説もある。それを否定する説も強いらしいけどね。

フィラにあるギリシャ正教の大聖堂

サントリーニ島には1万数千人の人々が住んでいる。その大部分はギリシャ正教徒だね。そして島の中心となるフィラの街には、ギリシャ正教の大聖堂(下の画像)があるんだ。

サントリーニ島(ギリシャ)の中心地フィラにあるギリシャ正教の大聖堂

もちろん島にはいくつもの街があり、小さな村もある。そんな街や村にはそれぞれにギリシャ正教の教会があるんだそうな。

カトリックの教会

住民の殆どがギリシャ正教徒というサントリーニ島なんだけど、フィラの街にはカトリックの教会(下の画像)もある。調べてみたんだけど、島の住民の中にカトリックの信者がいるのかどうかはわからなかったよ。

サントリーニ島(ギリシャ)の中心地フィラにあるカトリックの教会

中世のことなんだけど、カトリックの勢力による第4回十字軍がビザンティン帝国の首都であるコンスタンティノープルを占領し、ラテン帝国が成立した。サントリーニ島はそのラテン帝国の支配下にあったらしいけど、その時代からカトリックの人々が今まで生き延びていたとも思えないよね。

このサントリーニ島は西暦1579年にオスマン・トルコによって征服され、西暦1821年にオスマン・トルコの支配を脱し、西暦1830年にギリシャ領となっている。というわけで、むしろトルコ系のイスラム教徒がいても良いのかもしれないんだけど、島でモスクは見かけなかった。西暦1922年に締結されたローザンヌ条約によってギリシャとトルコとの間の住民交換が行われたらしいけど、その結果としてイスラム教徒は島を出て行ったのか。あるいはギリシャ領となってギリシャ正教に改宗したのか。

話が戻るんだけど、この島がサントリーニと呼ばれるようになったのは、ラテン帝国の支配下にあった頃のこと。聖イレーネ(セント・アイリーン)にちなんで、サントリーニ島と呼ばれるようになったとか。それまではティーラ島と呼ばれていた。今でもそう呼ばれることもあるんだそうな。


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