アイルランド略図

アイルランド

豊かな降水量により、島には植物が繁っている。従い、アイルランドのシンボル・カラーは緑。

イギリスで赤いものは、アイルランドでは緑だと思えば、さほど間違いではない。例えば郵便ポスト、例えば 2階建てバス。但し、信号はイギリスもアイルランドも同じく、緑は進めで赤は止まれだからお間違えなく。

アイルランド略年表

  • 紀元前6世紀、ヨーロッパ大陸からケルト人がアイルランドに渡った。
  • 西暦432年、聖パトリックがアイルランドに渡来し、人々をキリスト教化した。後に彼はアイルランドの守護聖人とされ、彼の命日である3月17日は、聖パトリック・デイとなった。
  • 西暦795年、ヴァイキングがアイルランドに侵攻。彼らは 9世紀の半ばには、現在のダブリン周辺に勢力を築いた。
  • 1002年、ブライアン・ボルーが全アイルランドの王とされた。
  • 1014年、クロンターフの戦いに於いてブライアン・ボルー王がヴァイキング勢力を撃ち破った。しかし、同年、王は暗殺されている。
  • 1169年、イングランドのノルマン系貴族であるペンブローク伯(通称ストロングボウ)がアイルランドに進出。
  • 1171年、イングランド王ヘンリー2世が、アイルランドに侵攻。教皇ハドリアヌスは、ヘンリー2世にアイルランドに対する宗主権を与えている。
  • 13世紀半ばには、イングランド勢力がアイルランドの4分の3を支配していた。
  • 15世紀には、イングランドの支配が及んでいたのはダブリン周辺のみとなっていた。
  • 1536年、イングランド王ヘンリー8世がアイルランド王の称号を得た。
  • 17世紀前半、スチュワート朝のジェームズ1世のもとにアイルランドのイングランド化・プロテスタント化が進んだ。
  • 1641年、アイルランドがイングランドに対して反乱を起こした。清教徒革命を勝ち抜いたクロムウェルがアイルランドに侵攻し、完全に支配を確立した。
  • 1688年の名誉革命において追放されたカトリックのジェームズ2世はアイルランドの支援を得たが、ボイン川の戦いに敗れた。勝ったウィリアム 3世は、アイルランドのカトリックを弾圧した。
  • 1798年、自立を求めるユナイテッド・アイリッシュメンが武装蜂起。しかし、すぐに鎮圧された。
  • 1800年、イギリスとアイルランドが統合され、アイルランド議会は廃止された。
  • 1843年、アイルランドの自立を求めるダブリン集会が、軍によって鎮圧された。
  • 1845年から1849年にかけて、アイルランドで大飢饉が発生した。100万人が餓死し、160万人が国を出ていった。
  • 1905年、民族主義的なシン・フェイン(「我ら自身の手で」)党発足。イギリス政府の抑圧を受け、地下に潜って武装闘争を続けた。
  • 1916年、イースター蜂起。
  • 1921年、完全独立を目指す人々とアイルランド自由国を認める人々との間で内戦が起こった。
  • 1922年、アイルランド自由国成立。
  • 1949年、アイルランド共和国成立。完全な独立を達成。
  • 1960年代、北アイルランド問題が激化。

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