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東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

バルセロナで冬の休暇
(スペイン 1995年12月)


09. コロン(コロンブス)記念塔と王の広場
(バルセロナ、スペイン)

コロン(コロンブス)記念塔(バルセロナ、スペイン) 海洋博物館を出ると、1886年に建てられたコロン(コロンブス)記念塔が見下ろしている。高さ50mの塔の上にあるコロンブスを見上げながら、海岸沿いの道を歩く。

しかし、アメリカ発見の旅に出るコロンブスがバルセロナから出港したわけでもないのに、何でまたバルセロナにコロンブスの記念塔 ??

コロンブスはジェノヴァの出身とする説が多いけど、この地域では彼はカタルーニャ人だったと信じる人が多いんだ。

15世紀のバルセロナにコロンという一族が住んでいて、そのアントニとマグダレナという夫婦がコロンブスの両親だというわけだ。しかも、彼らが通っていた教会の紋章は、コロンブスが使っていた紋章と同じなんだって。

但し、コロンブスのアメリカ発見の航海に出資したのがカスティリア女王イザベル1世だったこともあって、アメリカ植民地経営と貿易への参加はレオン・カスティリア王国の出身者に限定され、アラゴン・カタルーニャ連合王国の出身者はアメリカから締め出されていたんだけどね。

もう一つ、コロンブスとカタルーニャを結びつける話がある。新大陸を発見して帰ってきたコロンブスを、ローマ教皇たちがバルセロナで出迎えたという話だ。しかし、この話、全くの事実無根なんだそうな。

いずれにしても、この西暦1492年という年はスペインにとってとっても大事な年だよね。コロンブスがアメリカを発見したのみならず、グラナダが陥落してスペインのレコンキスタ(国土回復運動)も終了しているんだ。

レストラン 「シエテ・ポルテス」で海の幸

レストラン「シエテ・ポルテス」(バルセロナ、スペイン) やがて辿り着いたのが、創業1836年という老舗のレストラン「シエテ・ポルテス(七つの港)」(右のカードの画像)。

前菜は新鮮な魚介類の取り合わせ。ゆでただけの貝だのエビだのが、氷のたっぷり乗った器に盛られている。続いては、魚介類のパエリャ。どちらも地元産の辛口白ワインと合うんだ。

レストラン 「シエテ・ポルテス」
(バルセロナ、スペイン)

  • restaurant 7 Portes

  • Paseo de Isabel II, 14 - 08003 Barcelona

  • Tel 319 30 33, 319 29 50 / Fax 319 30 46

出来ればこの店も、このサイトのレストラン・ガイドのコーナーに収録したいところなんだけど、残念ながら上のカード以外に画像が無い。だから、ここで紹介するしかできないわけなんだ。

王の広場(バルセロナ、スペイン)

いささか酔っ払って店を出る。気持ちよく歩いて、またもやゴシック地区。このゴシック地区は、バルセロナの中でも治安は良くないほうだから、酔っ払って歩くのは危ないんだけどねえ。

(旅行中はいつも酔っ払っとるくせに、痛い目にあったのは一回だけ [ミラノでジプシーに襲われた事件]やからなあ、キミは。)
悪運が強いんだ、この男は !!
奥さんかてイタリアで二日酔いしとるやんか !!

少々危ない足取りながらも、狙い通りにやってきたのが「王の広場」(下の画像)。アラゴン・カタルーニャ連合王国カスティリアと合同する前の時代には、ここが王宮の中心だったらしいよ。

王の広場(バルセロナ、スペイン)

実はこの王の広場、ゴシック地区の中でもちょっと危ないところなんだ。上の画像を見ても、たむろしているのは若いカップルが2-3組だけだからね。あまりに人影が無くて、ちょっと不気味な感じがあったよ。

ちょうどシェスタの時間だったから、普通の人は自宅でお昼寝かな。私たちもホテルまで戻ってシェスタの時間だな。「いわゆる「郷に入りては ..... 」ということだ。

(キミら、スペインでも何処でも、旅行の度に昼寝しとるやんか。)

バルセロナの治安

ついでだから、バルセロナの治安。スペインの治安は悪化していると言われているけど、このバルセロナも例外じゃないらしい。特にレアル広場や港の近くでは、麻薬をやっている連中が多いらしいよ。

上に画像のあるゴシック地区の港に近い場所、あまり人通りの無い路地の奥も、治安の良い方じゃないみたい。上の王の広場からホテルに戻る途中の路地で、数人の若者のグループに後をつけられていると思えた瞬間があったけど、あれは怖かったね。そのうち彼らが消えたから、狙われたのか偶然なのか、いまだにわからないけど。

また、ランブラス通りの西南にある一帯には、かつて売春宿が集まっていたこともあり、やはり要注意だ。余談ながら、かつてこのあたりは「バリ・チーノ(中国地区)」と呼ばれていたんだって。というのも、雰囲気がかつての香港の九竜に似ていたらしい。但し、住民の多くは貧しいアンダルシアからの移住者だからか、フラメンコのバーがあったりして、夜遊びするには面白い地区らしいけどね。

そういえば、バトリョ邸・ミラ邸で有名なガウディが立てたグエル邸があるのは、このバリ・チーノの近くなんだ。だから、グエル邸を見に行くときには、少々気をつけたほうが良いみたい。実を言えば、私達も何も知らずにノコノコとグエル邸を見に行ったんだ。何も起こらなかったけどね。

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