東西南北 春夏秋冬
ヨーロッパの旅
イングランド南部の旅(イギリス)
1994年4月
02. リーズ城
イースターの連休の初日。イギリスに来て初めて泊りがけの旅行に出かける私たちは、張り切って早朝に家を出る。ロンドンの北部にある自宅を出て、高速道路で南に向かい、リーズ城に到着。ところが城の入口は閉まっている。到着が早すぎた ... 。
車で10分ほどのところにホテルを見つけ、そこで時間をつぶす。再び城に戻ってみると、なんと広大な駐車場は既に満杯に近い。イースターの連休をナメちゃいかんらしい。駐車場の奥にスペースを見つけなんとか車を停めたが、入場券の売り場までが遠い ... 。
しかも、入口から城までが、更に遠い !!
と文句を言っていたのだけど、... 湖のほとりに立つ城を眺めながら、春のカントリー・サイドを歩くのも気持ちが良いよね。青空だったら、もっと良かったけど。
リーズ城の歴史
- リーズ城 Leeds Castle の名前のもとになったのは、レド Led という 9世紀の人物。彼は当時のケントの王だったエセルベルト 4世の大臣だった。
- 1119年、クレヴクール家がリーズ城を再建した。彼らはウィリアム征服王によってケントを与えられた一族だった。
- 13世紀後半には、城はイングランド王家の所有となった。その後、城は「貴婦人の城」と呼ばれる。城の持ち主の多くが王妃だったことによる。
例えば、エドワード1世の妃エレオノーラとマルガリータ、エドワード3世の妃フィリッパ、ヘンリー5世の妃ヴァロワ家のカトリーヌなどなど。(最近は、ヘンリー8世の妃たちの悲劇を売り物に観光客を集めようとしているみたい。)
- 1926年、城はベイリー夫人の手に渡った。この城を修復し整備したのは、彼女の功績である。
- 1974年、ベイリー夫人の死に伴ない、城は中世の研究の為の基金に贈られた。
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リーズ城の立つ島には、橋を歩いて渡る。
城の中では、様々な時代の調度品などを見ることが出来る。例えば12世紀ノルマン時代のワイン・セラーや、ヘンリー4世の妃だったナヴァーラのジョーンがつけていた1422年の家計簿とか。
しかし、連休だからか、ひどい混み具合だ。ツアーでやってきたイギリス人の団体サンで、城内はラッシュ・アワーみたい。
(誤解されているみたいだけど、ツアーで旅行するのは日本人だけじゃないよ。ヨーロッパ人だって、個人でフリーの旅行を楽しむのは、学生などの若者かお金持ちが多いね。一般の多くの人は、ツアーで旅行することも多いみたい。)
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