アークハート Urquhart 城の歴史
古代
1228 年、スコットランドで反乱が起こった。それを鎮圧したスコットランド王アレクサンダー 2 世は、義理の息子をアークハートの領主とし、この地域の抑えとした。現在のアークハートの城跡の中の最も古い部分は、この時代にまでさかのぼるといわれている。
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マクドナルド一族とスコットランド王家 14 世紀後半から 15 世紀にかけて、アークハート城をめぐって、スコットランド王家とマクドナルド一族との間に争奪戦が繰り返された。(当時のマクドナルド一族は、スコットランド西部の島々を中心に強大な勢力を誇っていた。ときにはスコットランド本土に攻め込み、ネス湖近辺やインヴァネスまで軍を進めたこともある。) その後、一時は勢力の衰えたマクドナルド一族だが、16 世紀に入って再び勢力を盛り返し、 2 度にわたってアークハート城を攻囲している。 夢の跡 17 世紀に入り、城は荒れ果ててしまった。グレート・グレンの人々は、城の石材を持ち去り、家を建てる資材に使ったようだ。 17 世紀末、ジェームズ 2 世の廃位の後の争乱の際には、城に守備隊が置かれていた。しかし、その後は打ち捨てられて現在にいたる。
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