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ロンドンの風景(イギリス)

シェイクスピアを生んだ街
ストラトフォード・アポン・エイボン

シェイクスピアと言えば・・・

イギリスといえばシェイクスピア ・・・ と言われる方は、文学がお好きかな。そんなシェイクスピアが残した作品といえば、マクベスヘンリー6世リチャード2世ヘンリー5世ヘンリー8世間違いの喜劇、リア王、ヴェニスの商人、・・・ などなど数え切れないか。私にとっては、シェイクスピアといえばハムレット ・・・ というほど詳しくは無いんだけどね。ただ、「生きるべきか、死ぬべきか To be or not to be 」って言葉が好きなだけで。

私の場合はちょっと言い換えて、「 To smoke or not to be 」って言うことにしている。つまり、「(タバコを)吸うべきか、死ぬべきか」って意味ですな。それほどスモーカーにとっては生きることが難しい世の中になってきたと、 ・・・ そんなことを考えていたのは過去のことになったんだ。というのも、ついに私も禁煙に成功したもんだからね。

そんなことよりも、シェイクスピアを生んだ街 ストラトフォード・アポン・エイボンの話をしなきゃね。

シェイクスピアを生んだ街、シェイクスピアにゆかりの場所
ストラトフォード・アポン・エイボン

このストラトフォード・アポン・エイボンはシェイクスピアが生まれた街だよね。というわけで、この街にはシェイクスピアゆかりの場所がいくつもある。

ストラトフォード・アポン・エイボンにあるシェイクスピアが晩年を過ごしたニュー・プレイス跡(イギリス)

例えば、上の画像にあるのは、シェイクスピアが晩年を過ごしたニュー・プレイスと呼ばれた邸宅の跡なんだそうな。ちなみに、シェイクスピアは西暦1592年までにはロンドンに移り、やがてその地で成功し、ロンドンで得た財産でこのニュー・プレイスの邸宅を買ったらしい。

シェイクスピアゆかりの場所をめぐるバス・ツアーもある

そんなシェイクスピアゆかりの場所をめぐるバス・ツアーもストラトフォード・アポン・エイボンにはある。下左の画像は、そんなバスとその横にニュー・プレイス跡が写っているんだ。

ストラトフォード・アポン・エイボンにあるシェイクスピアゆかりの場所をめぐる観光バス(イギリス) ストラトフォード・アポン・エイボンにあるシェイクスピアが生まれた家(イギリス)
続いて上右の画像にあるのは、シェイクスピアが生まれた家。彼がストラトフォード・アポン・エイボンにある上右の画像の家で生まれたのは西暦1564年のこと。そして青年時代まで上の画像の家で過ごしたらしい。

上にも書いたが、シェイクスピアは遅くとも西暦1592年にはロンドンにおり、演劇界で成功した。しかし、西暦1613年にはこのストラトフォード・アポン・エイボンに戻ってきた。そしてロンドン時代に購入したニュー・プレイスの邸宅に住み、西暦1616年に52歳で亡くなったんだそうな。

ストラトフォード・アポン・エイボンで
白鳥の遊ぶ川のほとりを散歩

ところで、私がこのストラトフォード・アポン・エイボンの街を好きなのは、下の画像にあるエイボン川が流れているところ。白鳥などの水鳥が遊ぶ川のほとりを散歩するのって、気持ち良いよね。景色も良いし。

シェイクスピアゆかりのストラトフォード・アポン・エイボンを流れるエイボン川(イギリス)

言うまでもないことかもしれないけど、この「エイボン川のほとりにあるストラトフォード」ということで、街の名前は「ストラトフォード・アポン・エイボン」ですね。あ、だよね。やっぱり言うまでもないか。


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