東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

ダブリンの風景(アイルランド)

14. 世界遺産ニューグレンジ遺跡とタラの丘

是非とも訪れたい世界遺産ニューグレンジ遺跡

ダブリンから車で1時間あまりの距離にはあるけれども、是非とも訪れたいのは世界遺産ともなっているニューグレンジ遺跡(下の画像)かな。ダブリンからは距離があるんだけど、日帰りバス・ツアーがいくつも出ている。中には日本語ガイド付きのバス・ツアーもあるらしい。そんなバス・ツアーに参加すれば旅行者でも行きやすいよね。

アイルランドにある世界遺産ニューグレンジ遺跡

このニューグレンジ遺跡なんだけど、紀元前3千年頃、つまり5千年も昔のものと考えられている。つまり、エジプトにあるサッカラの階段ピラミッドギザの大ピラミッドよりも、イギリスのストーンヘンジよりも古いんだね。アイルランドの誇る世界遺産というわけだ。

ピラミッドよりも古い5千年前の遺跡

この直径80メートル近い円形の塚の地下には、長さ20メートル近い通路が掘られていた。その入口の様子が下の画像なんだ。その入口の前や塚の周囲には巨石が置かれており、その表面には渦巻きや菱形が彫られている。その模様は後にアイルランドに渡ってきたケルト人の装飾にも影響を与えたとも言われている。

アイルランドにある世界遺産ニューグレンジ遺跡の羨道入口

上の画像に見える入口の上に窓のようなものがあるよね。この窓から地下通路に差し込む日光は、冬至の日の夜明けには通路の奥まで照らすんだそうな。そんなわけでこのニューグレンジ遺跡は天文学に関係した施設だったと主張する学者もいる。他方で、この遺跡からは人骨も発見されたということから陵墓だったとも説かれているんだ。

ちなみに、ニューグレンジの地下通路には勝手に入ることは許されていない。20人から30人ほどの単位でスタッフが案内してくれる。また内部では撮影は禁止されている。残念ながら。

アイルランドのケルト族の中心だったタラの丘

上に書いた世界遺産ニューグレンジ遺跡からさほど遠くないところに、もう一つ人気のスポットがある。それがタラの丘だ。ダブリン発着のニューグレンジ遺跡へ行く日帰りバス・ツアーには、このタラの丘がセットになっているものが一般的みたい。

アイルランドにあるタラの丘の立石

アイルランドに渡ってきたケルト族はあちこちに小王国を形成した。そんな小王国の王たちの上に立ったのが、上王と呼ばれる存在だった。その上王の即位が行われたのが、タラの丘にある立石(上の画像)だった。そんなわけで、このタラの丘はアイルランドの中心とされてきた。

タラの丘には5千年前の遺跡も

アイルランドのケルト族の中心だったタラの丘なんだけど、城砦の跡も残っている。下の画像は丘の周囲に残る堀と土塁の跡なんだそうな。

アイルランドにあるタラの丘の堀と土塁

更にはケルト族の渡来の前にアイルランドに住んでいた人々の遺跡もタラの丘で発見されている。その一部は5千年前のものなんだそうな。ニューグレンジ遺跡と同じ頃のものというわけだね。

タラの丘は12世紀に至るまでアイルランドの中心だった。が、その後も人々の精神的な中心として意識されていたみたい。西暦1798年にユナイテッド・アイリッシュメンがイギリスに対する反乱を起こした際、彼らはここに陣を張ったこともあるらしい。結局は敗れてしまったけど。更にはダブリンのオコンネル通りに名を残すダニエル・オコンネルはこの丘でアイルランドの自治を説く演説をしたこともあるんだそうな。

ついでながら、ニューグレンジ遺跡やタラの丘からも遠くないところにボイン川の古戦場もある。名誉革命ロンドンを追われたイギリス王ジェームズ2世が、フランス王ルイ14世の支援を得て、王位奪還の為に西暦1690年に戦った場所だね。でも、戦いに敗れたジェームズ2世は王位を回復することに失敗したんだけど。


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