ロンドンからスペインの旅今日からイギリス(当時はロンドンに住んでいた)はイースターのおかげで4連休になる。もちろん、私たちは旅行に出かけるんだ。朝早くロンドンの自宅を出て、ヒースロー空港に到着。チェック・インと出国手続きを済ませたら、空港のパブに入り、いつものようにビールを飲みながらイングリッシュ・ブレックファストを食べる ・・・ はずだった。ところが、今日はイングリッシュ・ブレックファストが無いという。イースターの連休だから手抜きをしているのかな。そんなことでイギリスのパブと言えるのか ・・・ 。 そんなトラブル ・・・( たかがイングリッシュ・ブレックファストのことではあるが、そのイングリッシュ・ブレックファストが大好きな私にとっては大問題だったんだけどね) ・・・ はともかく、スペインのマドリッド空港に到着したのは13時過ぎ。
入国手続きを済ませ、荷物を受け取り、すぐにバスに乗り込んで出発。今からアランフェスの王宮に寄り道をして、それからスペインの古都トレドに向かう予定になっている。
ハプスブルク家のスペイン王フェリペ2世ゆかりのアランフェスの王宮やがて2時半過ぎにバスを降りる。ここはマドリッドから南へ 50kmほどのところにある街アランフェス。そして下の画像に見えているのが、アランフェスの王宮(宮殿あるいは離宮)なんだ。
このアランフェスの王宮の建設が始まったのは西暦1561年のこと。ハプスブルク家のスペイン王フェリペ2世(あの神聖ローマ帝国皇帝カール5世あるいはスペイン王カルロス1世の息子さん)の命によるものだった。
アランフェスの王宮の庭園と作曲家ロドリーゴこのアランフェスの王宮には、下の画像に見るような庭園もある。様々な木々が育つ林には、鳥たちがさえずり、噴水の水音は乾いたスペインの空気に潤いを与えている。そんな庭園の魅力を織り込んだのが、スペインの作曲家ロドリーゴによる「アランフェス協奏曲」だったそうな。
このロドリーゴのアランフェス協奏曲の第2楽章には、初めてのお子さんを流産で亡くした彼の哀しみも込められているらしい。そんなロドリーゴのアランフェス協奏曲が作られたのは、西暦1939年、フランスの首都パリでのことだった。(その頃、彼はスペイン内戦を避けてフランスで暮らしていたんだ。)
アランフェスの横を流れるタホ川作曲家ロドリーゴを侯爵にしたアランフェスの王宮の庭園の脇には、下の画像に見えるタホ川が流れている。
イベリア半島の東部に源流のあるタホ川は、スペインの中央部を西に向かい、このアランフェスの脇を流れ、この次に訪れる古都トレドを経て、やがてポルトガルに入り、テージョ川と呼ばれる。やがてリスボンから大西洋に注ぎ、1,000kmを越えるイベリア半島横断の旅を終えるんだそうな。
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