東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

パリに住んだ...つもりの 9 日間

パリ + ロワール・ノルマンディ・シャルトル
(フランス) 2000年9月



14. バイユー・タペストリー

11時20分にバイユー駅に到着。カンの駅からは30分もかからない。

駅前にはタペストリー博物館行きのバスが待っている。そのバスに乗り込む前に帰りの列車の時刻を確認...している間にバスが出てしまった。マヌケな話。

しかし、焦ることも無い。駅から博物館までは、歩いても10分ほどだ。

タペストリー博物館(下の画像)の中に入る。入場料は一人40フラン。

タペストリー博物館

5フランを追加すれば、日本語の案内を聞くことのできるレシーバーを借りることができる。

このレシーバーは絶対に借りたほうが良い。この案内を聞きながら本物のバイユー・タペストリーを見ると、面白さが倍増すること間違いなし !!

博物館に入ると、まずはノルマンディー公ウィリアム(征服王)によるイングランド征服に関する展示がある。しかし、これは面白くない。このコーナーは、さっさと通過して、本物のタペストリー(全長70メートル)の展示室で時間を費やす方が賢明というものだ。

ちなみに、このバイユー・タペストリー。実は私たちはさほどの期待をしていなかった。オリンピックじゃないけど、「見る」ことに意義がある...程度に考えていたのだ。

ところが実際に本物のタペストリーを見てみると、その素晴らしさがよくわかる。ノルマンディへ行くならば、一押しのお薦め !!

(しかし、なんでその画像が無いネン ??)
その博物館、タペストリーの撮影は禁止やねん。それに、あのタペストリーの面白さは、本物を目の前にせんと伝わらんで。




バイユーの街

バイユーの聖堂 予想外に長い時間を博物館で過ごした後は、バイユーの街を散歩。

といっても小さな街の観光名所といえば、タペストリー博物館を除けば聖堂(右の画像)ぐらいなもの。

街の中心にある聖堂には、かつてバイユー・タペストリーが飾られていた。

そのバイユー・タペストリーだが、別名を「王妃マチルドのタペストリー」ともいう。ウィリアム征服王の妃がタペストリーを作ったと信じられていたからだ。

しかし、実際にはタペストリー作りを命じたのは、征服王の異母弟であるバイユー司教オドンだったらしい。そのオドンは自分の力で改築させたバイユーの聖堂にタペストリーを飾ったというわけだ。

ちなみに、ウィリアム征服王を生み出したのノルマンディー公国。西フランク王国のシャルル単純王とヴァイキングの首領ロロ(ロベール)との間に結ばれた条約によってノルマンディー公国が設立されたのは、西暦911年のことだった。

【参考】都市別ツアー


【参考】ホテル検索



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