東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

旅行記「イタリア北部の旅」

05. ドゥオモ(大聖堂)とジョットの鐘塔(フィレンツェ)

フィレンツェのドゥオモ(大聖堂)

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会に続いてやって来たのは、フィレンツェの中心ともいうべきドゥオモ(大聖堂)、正確には花の聖母マリア大聖堂だね。下の画像がその正面なんだけど、建物の壮大さに対してその前の広場がさほど広くないものだから、全体を撮影することが出来なかったんだ。

フィレンツェのドゥオモあるいは大聖堂(イタリア)

この建物も長い歴史を持つね。ドゥオモの設計をアルノルフォ・ディ・カンビオが依頼されたのが西暦1294年のこと。そのドゥオモの完成は西暦1434年だったそうな。但し、その後も工事は続き、クーポラの上にランタンが乗ったのは西暦1461年のことだった。

ところで、フィレンツェと同じくトスカナ地方にあるシエナの街は、長くフィレンツェと対立していた。そんなシエナは、フィレンツェのドゥオモ(大聖堂)の建設工事に刺激され、既に完成していた自分たちのドゥオモの拡張工事を始めたんだそうな。

でも、黒死病(ペスト)などによってシエナは衰退し、工事を完成させることが出来なかった。しかも、西暦1555年にはフィレンツェはシエナを征服してしまったそうな。とはいえ、未完成ではあってもシエナのドゥオモは美しいんだけどね。(ついでながら、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会に礼拝堂を持つ名門ストロッツィ家は、メディチ家と対立して亡命し、シエナ防衛の為に戦ったんだそうな。)

ドゥオモ(大聖堂)の内部

話が脇に逸れてしまった。シエナではなく、フィレンツェのドゥオモ(大聖堂)の中、奥の祭壇の様子が下の画像なんだ。外観の華やかさと比べて、内部は思いの外に簡素だよね。でも、下の画像に見える十字架のキリスト像は、ベネデット・ダ・マイアーノによって西暦1490年頃に制作されたものだったりする。

フィレンツェのドゥオモあるいは大聖堂の内部(イタリア)

ところで、この建物の完成から20年も経っていない西暦1478年、ドゥオモ(大聖堂)の中で惨劇が起こっている。フィレンツェの実質的な支配者となっているメディチ家の当主であるロレンツォ・デ・メディチを殺害しようとするパッツィ家の陰謀だね。

陰謀の的となったロレンツォは負傷しながらも死は免れた。でも、その弟のジュリアーノは殺害されてしまった。暗殺者たちは市民に向かってメディチ家の追放を訴えた。でも、市民たちは暗殺者たちをリンチにかけ、あるいは処刑したんだそうな。

ちなみに、殺害されたジュリアーノ・デ・メディチの息子のジューリオは、生き延びた伯父のロレンツォによって育てられ、後に枢機卿、更にはローマ教皇クレメンス7世となっている。

ドゥオモ(大聖堂)に見る芸術作品

そんな血塗られた事件の現場となったフィレンツェのドゥオモ(大聖堂)なんだけど、その中ではいくつもの芸術作品を見ることが出来るんだ。

フィレンツェのドゥオモあるいは大聖堂にあるヴァザーリと弟子たちによるフレスコ画「最後の審判」(イタリア)

例えば、上の画像はヴァザーリたちによるフレスコ画「最後の審判」だね。このヴァザーリは、アルノ川のヴェッキオ橋の上にヴァザーリの廊下を作り、またアカデミア美術学校の初代校長となった人物でもある。

ここではその他にも15世紀のステンド・グラス、パオロ・ウッチェロの24時間表示の時計や「ジョン・ホークウッド騎馬肖像画」などを見ることも出来るね。そしてドゥオモ博物館には更に多くの芸術作品があるんだ。後で見に行くんだけどね。

ジョットの鐘塔

ドゥオモ(大聖堂)の脇にそびえているのは、下の画像にあるジョットの鐘塔だね。84メートルもの高さがあり、すぐ下から見上げれば、こんな画像になっちゃうわけだ。

フィレンツェのドゥオモあるいは大聖堂の隣にそびえるジョットの鐘塔(イタリア)

フィレンツェの羊毛業組合の依頼によってドゥオモ(大聖堂)の設計を行ったアルノルフォ・ディ・カンビオが亡くなった後のことだけど、彼の設計に従って西暦1334年に鐘塔の工事を始めたのが、ジョットだった。彼の名を付けられたジョットの鐘塔が完成したのは、西暦1387年のこと。ジョットが亡くなって50年後のことだった。

そんなこんなでフィレンツェで見るべきものの筆頭ともいうべきドゥオモ(大聖堂)なんだけど、こうして目の前で見るだけじゃないね。私のお勧めは、アルノ川にかかるヴェッキオ橋を渡り、メディチ家のコシモ1世ゆかりのピッティ宮殿の奥にあるボボリ庭園の丘の上のカフェからの遠望。ちょいと距離はあるけど、ドゥオモ(大聖堂)のクーポラやジョットの鐘塔がフィレンツェの街の中でずば抜けた存在であることがよくわかるんだ。


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