東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

冬景色のトルコ
(1997年12月 - 1998年1月)


1997年12月29日(月)
05. ヒエラポリスの遺跡 (トルコ、小アジア)

今朝は6時に起床。6時半には朝食だ。それから身支度。たっぷりと厚着をしておく。なんせ今日の目的地は標高1,000メートルほどの場所にある。ずっと天気が悪いうえに、標高も高いとあっては寒いに決まっているものね。

8時半にバスに乗り込みホテルを出発する。山の中腹を登るバスから、小アジア(アナトリア)の山々が見える。このあたりから見える山々で、標高2,500メートルほどもあるらしい。暖かいバスの中にいるんだけど、外の景色を見ているだけで寒いね。

ペルガモン王国の街ヒエラポリスの遺跡
(トルコ、小アジア)

9時にはペルガモン王国の街ヒエラポリスの遺跡に到着。古代には毛織物や綿製品の輸出で栄えた街ヒエラポリスの遺跡だ。

ヒエラポリス

  • 紀元前3世紀に、ペルガモン王国に併合された。

  • 紀元前2世紀には古代ローマの支配下に入った。

  • 西暦1世紀には大地震で崩壊したが、ローマ皇帝ネロの時代に再建された。

  • 西暦80年には、キリスト教の布教を行っていた聖フィリポがヒエラポリスで殉教。

  • 西暦7-8世紀には、イスラム教化したアラブの侵入により荒廃した。

  • 西暦12世紀、人々はヒエラポリスの街を見捨てて去っていった。

  • 西暦19世紀、ヒエラポリスが発掘された。

駐車場でバスを降りた私達は、ネクロポリスを歩いてヒエラポリスに向かう。ネクロポリスとは古代の共同墓地。このあたりには、ヘレニズム期からビザンティン時代にかけての立派な墓が2kmにわたって並んでいる。




ヒエラポリス遺跡 - ドミティアヌスの門と市街地
(トルコ、小アジア)

ヒエラポリス遺跡の門(トルコ、小アジア) やがて、ドミティアヌスの門(右の画像)が見えてきた。

この門の向こう側にヒエラポリスの市街地が広がっている。

そして、下の画像がヒエラポリスの市街地。画像の中に目猫の入った人物がいるけど、それは見逃してくださいね。なんせ、あまりの寒さに顔が凍りついておりまして、とてもお見せできる状態ではない ... と本人が申しておりますので。

ヒエラポリスの街の遺跡(トルコ、小アジア)

ペルガモン王国


【参考】都市別ツアー


【参考】ホテル検索


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