東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅
春のルーマニア
東欧(1998年5月)


ワラキア公国とルーマニアの歴史

13. 世界大戦の時代

  • 1890年、ルーマニアにおける石油生産量が年間 5万トンに達した。

  • 1897年、イギリスの小説家ブラム・ストーカーが「吸血鬼ドラキュラ」を著わした。(そのドラキュラのモデルが、中世ワラキア公ヴラッド・ツェペシュ。)

  • 1907年、ルーマニアの農民達が土地を要求して蜂起したが、軍隊によって鎮圧された。鎮圧の際の死者は1万人を越えたといわれる。

  • 1912年、バルカン連盟諸国はトルコに宣戦を布告し、第一次バルカン戦争が始まった。

    但し、ルーマニアは中立を維持した。

  • 1913年、ロンドン条約が結ばれ、トルコはヨーロッパ側の領土の多くを放棄することになった。

    しかし、マケドニアの分割をめぐってバルカン連盟諸国は対立。ブルガリアはセルビアとギリシャを攻撃し、第二次バルカン戦争が勃発した。

    ルーマニアは孤立無援となったブルガリアに侵攻し、ドブロジア南部を獲得した。

    この年、ルーマニアにおける石油生産量は年間190万トン近くに達し、ルーマニアは世界でも有数の石油生産国となっていた。

  • 1914年、第一次世界大戦が勃発。当初、ルーマニアは中立を宣言した。

    同年、初代ルーマニア国王カロル1世が死去、甥のフェルディナントがルーマニア王に即位した。

    余談ながら、初代ルーマニア国王カロル1世も二代目のフェルディナント1世も、更に二人の国王の王妃たちも、ワラキア公国の古都コルテア・デ・アルジェシュにあるマノレ修道院に葬られている。

  • 1916年、連合国から支援を約束されたルーマニアが第一次世界大戦に参戦。オーストリア・ハンガリー二重帝国に宣戦し、トランシルヴァニアに侵攻したルーマニア軍はブラショフを占領した。

    しかし、ドイツ軍とブルガリア軍による反撃を受け、ルーマニアの国土の三分の二が占領された状態で講和を求めざるを得なくなった。

  • 1918年、ドイツ・オーストリア側が劣勢に陥るのを見て、ルーマニアは戦闘を再開してトランシルヴァニアに侵攻し、一時期はハンガリーの首都ブダペストをも占領した。

    下の画像は、ブダペスト市内を流れるドナウ川から見上げた王宮。
ハンガリーの首都ブダペストの王宮
  • 1920年、トリアノン条約が締結され、トランシルヴァニアはルーマニア領となった。

  • 1921年、ルーマニア共産党が結成された。

    この年のルーマニアにおける石油生産量は年間110万トンだった。

  • 1930年、ルーマニア国王カロル2世即位。カロル2世は、イタリアのムッソリーニを崇拝していた。

  • 1933年、ナチス・ドイツのアドルフ・ヒットラーを支持する鉄衛団のメンバーによって、ルーマニアの首相が暗殺された。

  • 1934年、ルーマニアの石油生産量は年間840万トンに達した。

  • 1939年、ドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発した。当初、ルーマニアは中立を宣言した。

  • 1940年、ナチス・ドイツの圧力により、トランシルヴァニア北部をハンガリーに、ドブロジア南部をブルガリアに割譲せざるを得なくなった。

    同年9月、軍部のクーデターによりルーマニア国王カロル2世が退位させられ、息子のミハイがルーマニア王位を継承した。しかし、実権を握っていたのはイオン・アントネスク将軍だった。

  • 1941年、ナチス・ドイツがソ連に侵攻。協力を命じられたルーマニアはソ連領に軍を進めた。

  • 1943年、ナチス・ドイツ軍がロシアのスターリングラード(サンクト・ペテルブルク)で苦しみ、戦況は変化を見せ始めた。

  • 1944年、ルーマニア国王ミハイにより、イオン・アントネスク将軍の政権が倒された。ルーマニア共産党も参加した新政権は、ソ連との間に和平を結んだ。

  • 1945年、やがてナチス・ドイツの首都ベルリンに突入することになるソ連軍が東ヨーロッパのほぼ全域を勢力下に置いた。ルーマニアは、ハンガリーからはトランシルヴァニアを、ブルガリアからはドブロジア南部を回復することが出来たが、モルドヴァの一部はソ連の領土とされた。



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