東西南北 春夏秋冬
ヨーロッパの旅
春のルーマニア
東欧(1998年5月)
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04. トランシルヴァニアの村 シビエルへ
(ルーマニア)
中世ワラキアの古都コルテア・デ・アルジェシでマノレ教会とヴォエヴォドの教会を見た後、バスに乗り込み次の目的地へ向かう。
カルパチア山中の村の風景 (ルーマニア)
カルパチア山中の道を北へ向かうバスは、ときおり村の中を通過する。
家々の庭では、必ずニワトリが飼われている。そのタマゴは貴重な食料なのかな。
牛を連れて散歩するおじいさん。近くの草地でエサを食べさせるのかな。
車は殆ど見かけない。その代わりに多いのが、馬車や牛車(右の画像)。
独裁者チャウシェスク大統領を処刑した革命の後、経済が混乱しているルーマニアでは、車やガソリンを買うのは大変なんだろうね。しかも、公共交通機関も整ってはいない。例えば、ブカレストに住むガイドのイヴァンカさんは、毎朝 4kmも歩いて通勤しているらしい。
村の教会 (ルーマニア)
食べるものにも事欠くようなルーマニアの田舎でも、美しい教会を見ることが出来る。戦後の共産主義政権時代に宗教が抑圧されてきた反動だろうか。
ちなみに右の画像の丸屋根の教会はルーマニア正教のものらしいよ。カルパチア山系を北へ抜け、トランシルヴァニア地方に入ると、トンガリ屋根の教会が多くなる。トンガリ屋根はルター派の教会なんだって。
ルーマニアの民族と宗教
教会のことに触れたついでに、民族と宗教の話。ルーマニアの民族と宗教は複雑なんだ。約 2,300万人の人口のうちで、ルーマニア人とされるのは 8割前後にすぎない。
その他には、1割前後のハンガリー系の人々、数パーセントのドイツ系の人々などがいる。余談ながら、ドイツ系の人々はルーマニアではサス人(語源はサクソン人)と呼ばれているらしい。
更には、ロシア人、ユダヤ人、ウクライナ人、ブルガリア人、ジプシー、トルコ人、ポーランド人、セルビア人、クロアチア人などが住んでいるんだって。日本人には想像するのが難しい話だね。
余談ながら、ブラム・ストーカーの小説ではドラキュラはチュルク系のセクリー人(あるいはセクイ人)とされているけど、そのモデルとなったワラキア公ヴラッド・ツェペシュ(串刺し公)は生粋のルーマニア人らしいよ。
じゃあ、宗教の方はどうなっているかといえば、ドイツ人やハンガリー人の多いトランシルヴァニア(ルーマニア北西部)では、ルター派やカトリックが比較的に多いらしい。対して、ワラキア(ルーマニア南部)やモルドヴァ(ルーマニア北東部)では、ルーマニア人がルーマニア正教を信じているわけだ。
ルーマニア人・ルーマニア語って ??
ところで、ルーマニア人って何者 ?? これも実は難しい。例えば、ドイツ系やハンガリー系の人々が主張するところでは、ルーマニア人は中世以後に成立した民族だとなる。
対するルーマニア人の考えでは、古代ダキアに移住してきた古代ローマ人の末裔がルーマニア人だとされる。歴史的には、西暦106年に古代ダキア人の王デケバルス(あるいはデチェバル)が古代ローマ帝国に敗れて自殺し、ダキア(現在のルーマニア)が古代ローマ帝国に征服されて以後、ダキア(現在のルーマニア)には多くの古代ローマ人が移住してきたらしい。
ついでながら、ルーマニア語についても少しだけ調べてみたんだ。数字の1・2・3は、ルーマニア語では「ウノ・ドイ・トゥレイ」なんだって。なるほど例えばスペイン語の「ウノ・ドス・トレス」によく似てるよね。他にもフランス語・イタリア語・ポルトガル語にも似ている。少なくとも数字の1・2・3に関しては、ルーマニア語はラテン語の系統にあるんだねえ。
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(おいおい、そこで終わりかい !? )
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これで精一杯ですよ。本当は「ウノ」だけでやめようかと思ったんだ。「トゥレイ」までやったら疲れちゃった。
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