東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

冬景色のトルコ
(1997年12月 - 1998年1月)


1997年12月30日(火)
09. コンヤのメヴラーナ博物館 (トルコ、小アジア)

今朝は6時半に起床。7時から朝食。いつものビュッフェ・スタイルの食事だ。並べられた料理の中に、ヨーグルトと蜂蜜がある。昨日食べたドライヴ・インのおやつをまねして、ヨーグルトの上に蜂蜜をかけて食べる。これぞ私のお気に入りのデザート。

コンヤの朝の風景(トルコ、小アジア)

コンヤの朝(トルコ、小アジア) 食事の後、ホテルの周囲を散歩。寒い !! 標高1,000メートルの高地の朝だから仕方ないんだけどね。

学校へ向かう子供達も、職場へ向かう大人達も、暖かそうな格好をしている。私達も防寒対策をしっかりしておかなきゃね。

コンヤで見た野菜を運ぶ三輪車(トルコ、小アジア) 道を走っていたのが、野菜を運ぶ三輪車(右の画像)。野菜なんて何処で栽培しているんだろう。バスの中から見た限りでは、緑の畑なんて見かけなかったけど。

しかし、ずいぶん古い車だ。私が子供の頃には、日本でもあんな三輪車が走っていたけどねえ。




メヴラーナ博物館(トルコ、コンヤ)

コンヤのメヴラーナ博物館(トルコ、小アジア) バスに乗ってやって来たのは、コンヤ市内にあるメヴラーナ博物館(右の画像)。

昨夜見たメヴラーナの儀式を、アラーの神との合一の方法として説いたメヴラーナ・ジェラレッディン・ルーミーの教団のモスクだった建物だ。

メヴラーナ・ジェラレッディン・ルーミーと教団

  • 1207年、アフガニスタン(トルクメニスタンとする資料もある)に生まれる。父は高名なイスラムの学者だった。

    しかし、父親の名声を危険視した彼の地の支配者により追放され、一家は放浪を余儀なくされた。

    やがて、ルーム・セルジューク・トルコのスルタンであるアラエッディンの誘いを受け、メヴラーナ・ジェラレッディン・ルーミーはコンヤに住まいを定めた。

  • ジェラレッディン・ルーミーは、コンヤにおいて神秘主義的なイスラムの教えを説いた。アラーの神との合一のための旋回舞踏の儀式(メヴラーナ)は、その教えの一部である。

  • メヴラーナ・ジェラレッディン・ルーミーの周囲には多くの弟子が集まり、メヴラーナ教団が生まれた。

  • しかし、オスマン・トルコの崩壊後に成立した新生トルコ共和国の指導者ケマル・アタテュルクは政教分離政策を推進し、1925年にメヴラーナ教団に解散を命じた。

  • 更にケマル・アタテュルクは、1927年にはメヴラーナ教団のモスクを博物館とした。

メヴラーナ博物館の内部(トルコ、コンヤ)

政教分離政策を採った新生トルコ共和国政府によって博物館とされた建物の中に足を踏み入れる。異教徒の私達にとっては、この建物は今でもモスクの様に見えるね。メヴラーナ・ジェラレッディン・ルーミーの墓は、今でもこの建物の中にあるんだ。

コンヤのメヴラーナ博物館内部(トルコ、小アジア)

関連書籍

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現在のトルコにおけるイスラム教

コンヤを出発し次の目的地に向かうバスの中で、ツアーのガイドを務めるハンさんが、今のトルコにおけるイスラム教について話をしてくれた。
  • イスラム教徒は一年に一ヶ月間の「ラマダン」を行う義務がある。日本ではラマダンは「断食」と訳されることが多いけれども、本当に食を断つわけじゃない。日の出から日の入りまでは何も口にしないだけのこと。だから、日の出前と日没後は自由に食べるて良い。

    但し、例外もある。病人・子供・旅行者・妊婦はラマダンに従う必要は無い。もう一つ私達に大事なこと。危険を避けるために、公共交通機関の運転手もラマダンに従う必要は無い。

    つまり、私達のツアーの中で、ラマダンに従うのは、ガイドのハンさんだけ。そのラマダンなんだけど、今年は12月31日(つまり明日)から始まるんだ。だから、明日から、ハンさんは昼間は食事抜きになってしまう。可愛そうなハンさん。

  • 現在のトルコ国民のうち、イスラム教徒は95%ほどなんだって。でも、そのうちの25%ほどの人々は、単に書類の上で「イスラム教徒」と書き込むだけなんだそうだ。つまり、座禅を組んだことも無い私が、履歴書などに「臨済宗」(禅宗の一派)と書くのと同じだね。

    残りの70%ほどの人々は、なんらかの形でイスラム教徒としての活動を行っているわけだ。しかし、真面目にラマダンに従うのはトルコ国民の40%ほどしかいない。

  • 周知の通り、イスラム教においては飲酒が制限されている。でも、トルコ国民の殆どがアルコール大好きなんだって。

    余談なんだけど、私がロンドンにいた頃の話。中東の某国に駐在していた同僚から連絡が来た。「ロンドンの某所に滞在している某国高官にキリン・ビールを届けて欲しい。但し、運び込む際には、それがビールだとわからないように手配を頼む。」という依頼だった。

    私は当時ロンドンにあった日系のスーパーに電話した。キリン・ビールをロンドン市内某所に配達して欲しい。但し、ビールの箱ではなく、醤油か何かのダンボールに入れてね。事情を話して、スーパーの担当者にも納得してもらったけどね。

    ちなみに、その中東某国の高官は、キリン・ビールが大好きなんだって。イスラム教徒も大変なんだね。それにお付き合いする海外駐在員も苦労するけどさ。

【参考】都市別ツアー


【参考】ホテル検索


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関連書籍

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