イタリア・バロックの巨匠ベルニーニとキージ家礼拝堂ヴァティカンにあるサン・ピエトロ大聖堂にあるブロンズのバルダッキーノ(天蓋)をバロックの巨匠ベルニーニに制作させたローマ教皇ウルバヌス8世が亡くなったのが西暦1644年のこと。その後任のインノケンティウス10世は芸術に熱意を持たなかった。イタリア・バロックの巨匠ベルニーニにも不遇の時代がやってきたわけだ。ところが、ファビオ・キージなる人物が西暦1655年にローマ教皇アレクサンデル7世となった。彼はサン・ピエトロ大聖堂の聖ペテロの司教座をベルニーニに制作させ、サン・ピエトロ広場をもベルニーニに設計させた。こうしてイタリア・バロックの巨匠が再び表舞台に立つことになったんだ。 更に教皇アレクサンデル7世は、サンタ・マリア・デル・ポポロ教会の中にあるキージ家の礼拝堂の整備をベルニーニに依頼した。依頼を受けたベルニーニはキージ家の礼拝堂に置く彫刻を自分で制作することにした。その結果、このキージ家の礼拝堂では、バロックの彫刻家ベルニーニの作品を見ることができるわけだ。
彫刻家ベルニーニによる「天使と予言者ハバクク」紀元前606年、国を失ったユダヤ人たちがバビロンに連れて行かれた。そんなユダヤ人の一人ダニエルは、予言者としてバビロンの王に仕えたんだ。ところが、バビロンの王国が滅亡するというダニエルの予言に腹を立てた王は、彼を洞窟に放り込んでしまった。
他方、神は予言者ダニエルを救うことを天使に命じた。天使は食べ物を持つ予言者ハバクフの髪をつまんで持ち上げ、空を飛んでダニエルが放り込まれた洞窟へと運んだ。(上の画像は、そんな天使と予言者ハバククを描いた彫刻家ベルニーニの作品なんだ。)
彫刻家ベルニーニによる「獅子と予言者ダニエル」天使とハバククが運んできた食べ物によって、予言者ダニエルの命は救われた。ダニエルは跪いて神に感謝と祈りの言葉を捧げたらしい。
上の画像にある彫刻家ベルニーニの作品は、そんなダニエルの様子を描いているわけだ。ところで、ダニエルの足許にライオンの顔が見えているよね。彼が放り込まれた洞窟には、獅子が住んでいたんだそうな。ちなみに、やがてバビロンの王国は滅亡し、捕われていたユダヤの人々は解放されたらしい。
イタリア・バロックの彫刻家ベルニーニと古典ローマのサンタ・マリア・デル・ポポロ教会のキージ家礼拝堂に残る二つの彫刻を制作する上でベルニーニが研究したと伝えられているのが、古代彫刻の傑作の一つとされるラオコーン、特にそのトルソ(胴体)だった。(今はヴァティカン美術館・博物館のピオ・クレメンティーノ美術館の中の八角形の中庭でラオコーンを見ることができる。)古典主義的な彫刻家は古代ギリシャ・ローマの古典に従うことで表現を浄化しようとしたのに対し、バロックの彫刻家ベルニーニは古典から出発して想像力を解放した ・・・ という解釈をする資料もあるね。 彫刻家ベルニーニの作品「獅子と予言者ダニエル」が完成したのが、西暦1657年のこと。続いて「天使と予言者ハバクク」が完成したのが西暦1661年のことだそうな。
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